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SF薀蓄館

スチームパンク

 スチームパンク(Steampunk)と呼ばれるものには大別して二種類あります。
 一つは、十九世紀の産業革命期に主流であった蒸気機関が異常発展した事による社会の変貌を描いたもので、このジャンルの代表作としばしば言われる、ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの共著『ディファレンス・エンジン』は、正にそのものでしょう。そしてもう一つは、この社会という視点から離れ、蒸気機関を始めとする産業革命期に置いてあった様な要素、ガジェットを盛り込んだ作品。謂わば前者が狭義で、後者が広義のスチームパンクと言えますが、現在では広義のものの方が散見しています。映画で言えば『ワイルド・ワイルド・ウェスト』『リーグ・オブ・レジェンド』、アニメ・漫画では『スチームボーイ』『鋼の錬金術師』、ゲームでは『サクラ大戦』辺りが、ビジュアル的にその内実を想像し易いのでは無いかと思います。
 また、それとは別に、同時代に書かれたSF小説、ジュール・ヴェルヌや、H・G・ウェルズの作品も、スチームパンクの中に入れられる事があります。
 さて、上の様に、現状広義のもの方が主流となっている訳でありますが、個人的にはそれも当然で、そちらの方がよりスチームパンク的なものを出していると考えております。
 無数の歯車を噛み合わせ、猛然と蒸気を噴出させながらに稼動する、無骨で荒唐無稽なデザインの機械達。エーテル、自動人形などといった、実際には存在すらしていない似非めいたものが平然と語られ、行使される科学技術。さも当然の様に現れ、活躍して行く実在の(この言葉の中には文学的に実在した、即ちあの世界最高の詰問探偵やそのライバル、犯罪界のナポレオン等が含まれております、明白にっ)登場人物達――
 元々そこから派生したと言われるサイバーパンクが未来への展望、ひいては肉体からの逸脱、人間性の超越を根底としているならば、スチームパンクは全くの逆でしょう。そこにあるのは、過去への懐古であり哀愁であり、そして同時に、人間性の肯定です。
 それはまた、産業革命が起こった十九世紀に対するものでもあります。いまだ世界は謎と驚きに満ち溢れ、前人未到の地がそこかしこに存在した。だからこそ、個人の力が強かったのですし、そして、未来も明るかった。怪しげな実験室より産まれた無数の科学は輝かしい明日を予想され、良くも悪くも人々は前だけを見ていた、見る事が出来た。
 その在りし日の個人が個人であった世界、そこから見る事が出来た眩いまでの未来に、空想の翼を広げて想いを馳せる。それこそがレトロフューチャーの一分野ともされるスチームパンクの精神であり、魅力であり、意義では無いか、とそう自分は考えております。
 ただ、まぁ、読むにしろ書くにしろ、そう難しくなる事も無いでしょう。スチームパンク的なものを持った紳士、淑女の方々ならば、ここまでの薀蓄、解説という名の一人語りによって、漠然とながら解って頂けたと思います。その霧と蒸気の様に曖昧模糊としたものを抱えながら、珈琲なり紅茶なり啜りつつ、優雅に瀟洒にスチームパンクなるものに接すれば、大変宜しいのではないでしょうか。
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※以上、木野目理兵衛さんから寄稿いただきました。ご協力ありがとうございました!

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